英文タイトル:Mutualistic ants and parasitoid communities associated with a facultative myrmecophilous lycaenid, Arhopala japonica, and the effects of ant attendance on the avoidance of parasitism
和文タイトル:アリ随伴性ムラサキシジミの共生アリと寄生者相,および,寄生者に対するアリ随伴の効果
著者名(所属):中林ゆい
1,2,望岡佑佳里
2,徳田 誠
2,大島一正
1(
1. 京都府立大学 大学院生命環境科学研究科,
2. 佐賀大学 農学部)
植食を食べる昆虫類は,命名されている生物種の約
1/4を占めるほどに多様な仲間ですが,その多様性は天敵に対する防衛手段にもみられます.例えば,今回我々が注目したシジミチョウ科の昆虫類には,幼虫がアリに蜜を与え,その代わりにアリにボディーガードとして働いてもらう,という種が知られています.
この時,多くのアリ種と関係を構築できるシシミチョウほど,その寄生者は多様なアリ種に遭遇すると考えられますが,随伴しているアリ種に応じてそのアリを得意とする寄生者がやってくるのか,それともアリ種には関わりなく常に特定の寄生者がシジミチョウを狙っているのかはよく知られていませんでした.今回,幼虫期に様々なアリ種を随伴することが知られているムラサキシジミ
Arhopala japonica(写真
1)について,日本各地で随伴しているアリ相(写真
2)と寄生者相を調査し,寄生者相が随伴しているアリ相に影響を受けるかどうかを検証しました.
その結果,過去の文献記録とも合わせると,ムラサキシジミの幼虫は
16種ものアリ種を随伴できる一方,ほとんどの幼虫は常に
1種の寄生蜂にのみ寄生されていました(写真
3).
16種ものアリを随伴できるというのは,これまで研究されてきたアリ随伴性のシジミチョウ科では,最大級の随伴種数となります.つまり,ムラサキシジミの幼虫は随伴しているアリ種に関わりなく,常に
1種の寄生蜂に狙われており,この寄生蜂を追い払うために
16種ものアリを随伴できる能力を獲得したと考えられます.
さらに本研究では,ムラサキシジミの分布域で最も広範かつ頻繁にみられる随伴アリの一種,トビイロケアリ
Lasius japonicacusを用いて,寄生蜂に対するアリ随伴の防衛効果を実験室内で調べました.その結果,ほとんどの寄生蜂はアリが随伴している幼虫には産卵できず,アリの防衛は大変効果的であることが示されました.このことから,本研究で注目している寄生蜂は,ムラサキシジミ幼虫を餌としているものの,アリに防衛されている幼虫には野外でも寄生できていないと考えられ,アリに随伴されていない幼虫を主に狙っているのではないかと予想されます.
ムラサキシジミは,
1950年代ごろは京都では稀な種でしたが,現在は京都でも普通にみられるシジミチョウ科の一種となっており,分布の北限も東北地方にまで広がっています.これには,地球規模での環境変動も関与している可能性がありますが,今回の研究から見えてきたような「多くのアリ種をボディーガードに雇える」という能力も,本種の分布拡大や個体数の増加に一役買っているのかもしれません.
ちなみに,本研究で注目したムラサキシジミの寄生蜂は,コマユバチ科
Cotesia属の一種であり,これまでに命名されている種の中では
Cotesia inductaという種に最も近縁と考えられます.ですが,
Cotesia inductaとは別種の可能性もあるため,
Cotesia inductaに近縁な種という意味で
Cotesia sp. near inductaとして論文中では扱っています.この寄生蜂がまだ命名されていない未記載種かどうかは今後の研究にかかっていますが,ムラサキシジミのようなごく普通種からも,まだまだ新たな発見が得られるという生物多様性の奥深さを教えてくれる例と言えます.
本研究成果は,国際学術誌「
Entomological Science」の
early view にて
2020年
5月
5日に公開されました.
最後になりましたが,本研究を行うにあたり,京都府立植物園および佐賀県立森林公園からは採集および調査許可をいただきました.また,京都府立大学学術振興基金の支援のもと研究を行いました.この場をお借りして厚く御礼申し上げます.
写真
1.ムラサキシジミの成虫
写真
2.アリに随伴されるムラサキシジミの幼虫
写真
3.ムラサキシジミに寄生していたコマユバチ科の一種
Cotesia sp. near inducta